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世界の労働力不足で賃金上昇、インフレ加速へ

 

米中で進む出生率低下と高齢化で生産年齢人口が減少

経済や市場をかき乱している現在のインフレ圧力は、経済が完全に再開し、新型コロナウイルス禍が終息に向かえば恐らく緩和されるだろう。しかし水面下では、これまで長期にわたってインフレを抑制してきた力が反転し始めている。その中で最も重要なのが人口動態だ。

世界1位と2位の経済大国・米国と中国が発表したばかりの国勢調査によれば、過去10年間の両国の人口増加率は、高齢化と出生率の急低下を受けて、ここ数世代で最も低くなった。

出生率の低下で、より多くの女性が労働市場に参入することが可能になり、当初は労働力の供給拡大につながった。しかし米国と中国では出生率の低下が極めて長期間続いたため、こうした人口動態上の恩恵は、かなり以前に使い果たした。そして現在、米中はその悪影響に直面している。労働力の供給が減少しているのだ。



先月発表された米国の10年に一度の国勢調査の結果によると、同国の人口は2010年から2020年の間に7%増加したが、この増加率は1930年代以来の低率だ。年齢別の詳細な数字はまだ明らかになっていないが、より少ないサンプルを元にした米国勢調査局と労働統計局の報告によれば、労働年齢(16~64歳)の人口の伸びはわずか3.3%にとどまっている。この年齢層の人々のうち、就労している人、職を求めている人の割合が縮小しているため、労働年齢人口の労働力の伸びはわずか2%となっている。実際昨年には、この労働力が減少した。この失われた労働者の一部は、コロナ禍が収まり、学校が再開され、失業給付が現在ほど気前のいいものでなくなれば戻ってくるだろう。しかし戻ってこない者も多い。ベビーブーム世代の退職者は急増している。

こうした流れを逆転させるには、出生率の劇的な上昇か、または移民が必要になる。しかし、出生率の上昇は、米国よりも家庭に優しい政策をとっている国々でさえ達成できておらず(さらに、それが労働力増につながるには何年もかかる)、移民の増加は政治的に困難だ。

人口動態的な締め付けは、中国の方がずっと厳しい。中国は米国と違ってほとんど移民を受け入れていないほか、長期にわたって家族が持てる子どもの数を1人に制限してきた。当局は11日、中国の人口が過去10年間で5.4%しか増加しなかったと発表した。15歳から59歳までの生産年齢人口は5%、つまり約4500万人減少した。10年前に労働力が不足し始めたことを受け、工場は貧しい内陸部に移り始め、その後、ベトナムなどのコストが安価な国々へと移転した。近年の指標の中には、人手集めが以前より困難になっていることを示すものもある。

エコノミストのチャールズ・グッドハート氏とマノジュ・プラダン氏は、昨年出版の著書「The Great Demographic Reversal: Ageing Societies, Waning Inequality, and an Inflation Revival(人口動態の大いなる逆転:高齢化社会、不平等の減少とインフレ復活)」で、労働者は生産が消費を上回るが、子どもと退職者に関しては消費が生産を上回ると主張している。過去30年間で中国と東欧が世界経済に取り込まれ、ベビーブーマーが労働人口に加わり、女性の労働参加率が上がったことで、先進国の労働供給は実質2倍に増えた。これにより、労働コストと労働者の交渉力に下向きの圧力がかかった。

この動きは現在、子どもと退職者の数が労働者より急速に増える中で覆されつつあり、「子どもと退職者はインフレを誘発している」とグッドハート、プラダンの両氏は述べる。労働人口が縮小する一方、高齢者の支援に専念せざるを得ない人は増えている。「中国の一人っ子政策の下だと、1人の孫に対して4人の祖父母がいる。そのうち2人が認知症になることもあり得る」

高齢化は、豊かな労働力と低いインフレ率に慣れきった経済に多くの問題を生じる。高齢者の政治的影響力は強いため、ロシアのような独裁的な社会においてさえも、退職年齢の引き上げや年金の削減は困難だ。ドナルド・トランプ前大統領は、社会保障制度やメディケア(高齢者向け医療保険)の給付削減に反対し、共和党の主流派と決別した。バイデン大統領はメディケアの対象年齢を65歳から60歳に引き下げ、高齢者介護に投じる資金を増やすことを提案している。こうした動きは生活の質を向上するが、コスト圧力を増す。医療分野は省力化して労働効率を上げることが極めて難しいことで知られている。

退職年齢に近い労働者は人生において最も貯蓄率が高い時期を過ごしているが、やがて彼らは退職を迎え、貯蓄を引き出す。企業は縮小する労働者を埋め合わせるため、より多くの投資を強いられる可能性がある。こうした全てのことが、ここ数十年間にわたって金利を下押ししてきた「世界的な貯蓄のだぶつき」を切り崩し始めるだろうと、グッドハート、プラダンの両氏は主張する。

インフレが実際に高進するかどうかは、おおむね中央銀行の動き次第だ。しかし、変化しつつある人口動態は、デフレ圧力に直面する中でインフレ率を上げ続けようとする戦いから、インフレ圧力の中でそれを抑えようとする戦いへと、中央銀行の課題を変化させる可能性がある。

もちろんそれ以外の多くの要因も影響している。実際のところ、とりわけ日本をはじめとする世界では、インフレや金利面で明確な影響がないままに高齢化が進んでいる。幾つかの研究によれば、中国との低賃金競争がまさに米国でのインフレを抑制したことが明らかになっているが、こうしたアウトソーシング(外部委託)は基本的に2008~09年の世界金融危機までにピークに達していた。米国が2018年、2019年に中国に課した高率の関税でさえ、米国の物価をそれほど押し上げることはなかった。グッドハート、プラダン両氏は日本について、労働者が不足し始めた際、中国にアウトソーシングして生産することが依然として可能だったと指摘した。しかし、もはやこの選択肢はない。

中国に拠点を置く調査会社ギャブカル・ドラゴノミクスのアンドリュー・バトソン氏は、中国自体は高齢化によって高貯蓄・高投資型の経済モデルを変更する考えはないと指摘する。中国人民銀行(中央銀行)は最近の論文で、人口問題を認識しているとしながら、それに伴って貯蓄や投資を引き下げることには反対の立場を表明した。同論文は「消費は決して成長要因とはならない。…先進国経済における高い消費比率には歴史的な理由がある。いったん切り替えれば、戻ることはできない。したがってわれわれは先進国を学ぶべき手本とすべきではない」と指摘した。

それでも世界にとって問題となるのは、中国の貯蓄と投資が世界的なインフレや金利を押し下げるのかどうかだ。西側の有権者がグローバリゼーションや中国に対して不快感を抱く中、中国は自国の輸出に対する障壁の高まりに直面しており、国内に投資を一層傾けている。

グッドハート、プラダン両氏は、労働者は何十年にもわたる影響力低下の後で、「報復した。それは賃金交渉の場ではなく、投票所においてだった」と指摘した。その上で両氏は、グローバリゼーションは「ポピュリズムによって阻止された。それはまさに、人口動態に基づく要因が労働者に有利な方向に振れて戻りつつある時期に起きた」と述べた。

以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。
https://www.wsj.com/articles/as-world-runs-short-of-workers-a-boost-for-wagesand-inflation-11620824675?mod=searchresults_pos1&page=1

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