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「ディール」を禁句にしたスイスのプライベートエクイティ会社

 

今日は企業精神を変えるために、ある象徴的な言葉を禁句としたプライベート・エクイティ(PE)投資会社の事例を紹介する。

スイスのPE投資会社、パートナーズ・グループ・ホールディングでは、CEOのデービッド・レイトン氏(40)が今年6月初めのグローバル・タウンホールミーティングで「ディール(取引)」という言葉の使用を禁止した。

パートナーズ・グループは1190億ドル(約13兆6000億円)の資産を運用するプライベート・エクイティ(PE)投資会社で、もともと「ディール」が仕事だ。直近12カ月間には270億ドル相当の取引を行った。ソフトウエアエンジニアリング会社グローバルロジックを85億ドルで日立に売却した案件もその一つだ。

会社は自社の慈善部門に1万ドルを寄付し、若手が「ディール」と言ったり書いたりするたびに、寄付額から100ドル差し引く。パートナーの場合は罰金として自分で1000ドルを慈善部門に寄付する。いずれも自己申告で実施する。レイトン氏はタウンホールミーティングでこう話した。

レイトン氏は自分が本気であることを示さなければならなくなるにはそれほど時間はかからなかった。一週間後、年次会合で開会の挨拶の際に3回「ディール」という言葉を使った共同創業者のマルセル・エルニ氏に、慈善部門への寄付として3000フラン(約3000ドル)の罰金を科した。さらにエルニ氏が1000スイスフラン札3枚を支払う様子を撮影し、アシスタントに社内のメッセージボードへの投稿を指示した。写真には「言ったことはやります」の文字が添えられた。

「ディール」を禁句にしたのは、同僚に取引中心の考え方から脱却して「産業的」な考え方をしてもらおうとしているからだとレイトン氏は話した。

レイトン氏によれば、20年前は買収ビジネスが7000億ドル規模の業界で、業界は多額の借り入れ資金で企業を買収し、表面的に多少手を加えて、売却するというシンプルなやり方で大金を稼いでいた。今や業界は8兆ドル規模となり、投資家が期待する2桁台のリターンを生み出すには起業家のように考えなければならないという。

「われわれは金融家ではなく創業者のように振る舞いたい」とレイトン氏は言う。

「ディール」という言葉を使うと、経営者や従業員がいて、戦略やミッションがある企業を保有することが一回限りの出来事に矮小化されてしまうとレイトン氏は指摘する。従業員には単に取引を実行する人間ではなく、企業の経営者のように行動してほしいと同氏は考えている。

「ディール」の使用禁止に従業員の反応は必ずしも肯定的ではなかったが、それでも一風変わった社風に合っていると多くの従業員が話す。

悪く言われることが多いPE業界のイメージ改善に努めているのはパートナーズ・グループだけではないが、キーワードを使わないという手段を取る会社は初めてのようだ。

「われわれの業界の人間はサメ、ハゲタカ、オオカミと呼ばれている。ドイツではイナゴだ」とレイトン氏は話す。「パートナーズの人間はペンギンに似ている。寒くなると幼いペンギンを守るために全員が身を寄せ合う」

パートナーズ・グループはゴールドマン・サックス・グループで同僚だったエルニ、アルフレッド・ガントナー、ウルス・ビートリスバッハの3氏が1996年にスイスで創業した。

3人は仕事に追われる金融の世界では珍しく、5年ごとに従業員に充電期間を与えることにした。パートナーには3カ月の長期休暇を、それより下の役職の従業員には追加で5週間の休暇を取れるようにした。

2006年にはスイス証券取引所に株式を上場し、PE会社として初の上場企業になった。

創業者の一人であるガントナー氏は「人里離れたアルプスにいたからか、自分たちなりに動き始めた」と話した。

創業後間もないころ、創業者3人は4カ月に一度、半日かけて、オフィスに近い山頂ビルトシュピッツを歩いた。今も少人数のグループが同じ10キロほどの距離を歩いている。

2020年にブラックロックから入社したマネージングディレクターのジョン・アイバナック氏は最近、ビルトシュピッツの一番高いところまで登った。手こずった人もいたが、スイスの特殊部隊出身のリーダーが頂上まで連れて行った。頂上では、メンバーそれぞれやめようとしている習慣を紙に書き、その紙を火の中に投げ込んだ。やめたはずの習慣が出ると、誓いを思い出すように仲間内でビルトシュピッツを意味する「ワイルドピーク」と声を掛け合う。

アイバナック氏は「ディール」禁止令を「気に入っている」そうだ。

レイトン氏は2019年に共同CEOに就任し、今年7月1日から単独でCEOを務めている。米コロラド州デンバーにある米国本社が同氏の拠点だ。

「ディール」禁止令は最近、以前ほど守られなくなっている、若干の後退が見られる。レイトン氏は9月16日に「no more deals」というタイトルの新たなメッセージを社内のネットワークに投稿した。6月から8月まではよかったが、「ディール」が使われる頻度が高くなっていたという。

「ディール」という言葉を使っているのをレイトン氏や創業者の一人がたまたま耳にした場合を除いて、罰金を支払うかどうかはパートナーに任せているが、自己申告制が機能している気配はある。パートナーズ・グループによれば、慈善部門への寄付は今年これまでに65%増えている。ただ寄付が全て、禁止令によるものかどうかは会社には分からない。

以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。
https://www.wsj.com/articles/deal-breaker-private-equity-firm-bans-the-word-deal-11634752219?page=1

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