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アマゾン従業員の生産性絞り出す「ベゾシズム」  フォーディズムやトヨタ生産方式の21世紀版

 

アマゾンの倉庫では、「レートを達成」できない従業員は長続きしない。

オースティン・モリーリさん(50)にとって、アマゾンの倉庫で棚に商品を入れる「棚入れ係」として働くことは、肉体的に相当過酷だったが、見返りはあった。ただ、勤務時間は長く、仕事はきつかった。非営利組織で昼間働きながら入ったアマゾンの夜のシフトは、単純に持続不可能だったが、いずれにしろそこで働くのは夏の間だけのつもりだった。お金や医療保険の即時利用、気分転換を必要としていた。働いたのは6週間だった。

ニュージャージー州エジソンにある「LGA9」フルフィルメントセンター(商品の保管・配送拠点)で働いたモリーリさんは、一緒にトレーニングを受けた人の多くが最初の1~2週間で辞めていったものの、「実のところ、あそこではいい経験をした」と話す。しかし、仕事は大変で、高校でスポーツ選手だったときのことを思い出したという。「それは、10時間の極めてつまらない退屈な仕事で、シフト中ほぼ同じ場所に立ちっぱなしだった」とモリーリさんは話す。「それでもシフトの終わりには汗でびっしょりになり、体に痛みを感じていた。あんなに痛みを感じたのは、サッカーを本格的にプレーしていたとき以来だ」

モリーリさんは仕事が遅く、ロボット仕掛けの棚に教えられた通りに効率良く商品を置く「棚入れ」の方法をよく間違えていたと話す。そのため、彼は「レートの達成」ができなかったという。レートとは、仕事を一定のペースに保っていることを意味するアマゾン用語だ。ただし、マネジャーたちは寛大で、チームの全員が向上できるよう手助けすることに「とても精力を注いでくれた」という。

仕事の際に、誰かがモリーリさんを後ろから見張ったり、もっと速く働けとうるさく言ったりすることはなかった。そんなことをする必要はなかった。1日2回、立ったままのグループミーティングで、シフトマネジャーが各自の仕事ぶりを伝えていた。マネジャーが各自の仕事ぶりを知っていたのは、アマゾンのソフトウエアや、倉庫各所に設置されたセンサーが作業員の一挙手一投足を追跡していたからだ。「数字が常に頭のどこかにあった」とモリーリさんは話す。

モリーリさんの話は、筆者が取材したアマゾンのフルフィルメントセンターで働いた人たちの経験談の中でほぼ中間に位置している。一方の端には、その仕事を耐えがたいと感じ、2週間も持たなかった人たちがいて、もう一方の端にはその仕事を欲し、それに伴う長時間の孤立や同じ動作の繰り返しに耐えられる人たちがいた。

1世紀以上前、フレデリック・ウィンズロー・テイラーとヘンリー・フォードが、今日では当たり前と考えられている、労働を高速化するシステムを開発した。モリーリさんが経験したのは、アルゴリズムを駆使したアマゾンの21世紀版のテイラーイズムとフォーディズムとも言うべきものだ。それは、監視、測定、心理トリック、目標、インセンティブ、標語、アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏のトレードマークとなっている猛烈な仕事ぶり、巧妙かつ独自開発されることの多い増え続けるテクノロジーを組み合わせている。これは全体として見た場合、労働の歴史上、非常に奇抜なシステムであり、独自の名称を付けるに値する。「ベゾシズム」だ。

今この瞬間も、ベゾシズムは労働の世界を通じて拡散し続け、世界の産業機械のソースコードを書き換えている。これが、その基盤となったフォーディズムやトヨタ生産方式などの組織化システムと同じくらい普及・恒久化すれば、ベゾス氏にとって、自身が起業した電子商取引(EC)会社や宇宙開発企業と並ぶ最も重要なレガシー(遺産)になる可能性がある。

このテクノロジーを駆使した経営システムが慈悲深いものになるか、邪悪なものになるか、あるいはその両方になるかは、ベゾシズムを実践する企業がその影響力をどう振るうかにかかっている。

アマゾンの作業員の仕事ぶりを評価する有名な指標を例に取ってみよう。モリーリさんが達成できなかった「レート」のことだ。

アマゾンのフルフィルメントセンターでは、人間の生産性は、ロボットが商品を運んできてくれる「棚だし・棚入れステーション」で、各作業員が全体的にどのくらいの速さで棚だしや棚入れを行ったかで測定される。

20世紀初頭に「科学的管理法」を思い付いたテイラーあるいはフォードは、所有する全ての施設で、各作業員が作業を完了させるまでの時間をミリ秒単位で知ることができるとすれば、どれだけ喜んだだろうか。初期の時間動作研究の専門家であるフランクとリリアン・ギルブレスは、フィルムカメラの代わりに、アマゾンのフルフィルメントセンターの各ステーションでデジタルカメラを使用して捉えた数百万時間に及ぶビデオ映像を利用できたとしたら、何を達成できただろうか。戦後の日本でトヨタ生産方式を開発した大野耐一と豊田英二は、作業員が棚からアイテムを取り、それを送った正確なタイミングが分かるシステムがあれば、ジャストインタイム生産システム(JIT)で在庫水準や資本配分、自動再発注の効率をどれだけ向上できただろうか。

こうしたデータを持っていること――さらには、作業員を管理し、自動化システムを進化させ、それに基づいて新型ロボットをイノベーション(技術革新)できること――が、アマゾンが地球上で最も企業価値の高い小売会社である理由の一つだ。

アマゾンの広報担当者によると、作業員がアマゾンの倉庫で作業を完了させる際に求められている全体的なレートは、棚入れ、棚だし、箱詰めのどの作業であるかにかかわらず、その施設でその作業を行う全員の総合的なパフォーマンスに基づいて計算される。このレートは流動的で、倉庫の全スタッフが既に行っていることのいわば平均値であるため、従業員は誰も不当な働き方は強制されていないことを示しているとアマゾンは主張している。

「当社は不当なパフォーマンス目標は設定しない」。現在は会長を務めるベゾス氏は4月に送付した株主宛の書簡にこう書いていた。

しかし、多くのアマゾン作業員はそうは見ていない。常にレートを上回っている人たちでさえもだ。誰にでも調子の悪い週はある。体調が優れなかったり、子供や親族の世話で疲れていたりするときもある。反復運動過多損傷の一つを発症している場合もあるかもしれない。10時間のシフトを通して同じ作業を繰り返さなければならず、30分のランチ休憩と15分の2度の小休憩しか取れない人が、そうした障害を引き起こすのは珍しくない。

レートを達成していなければ、アルゴリズムがそれを検知し、警告を受けると分かっていて、それが仕事に支障が出るほど頻繁に起こるとすれば、そのことが心理的に強く作用してこれまで以上に働くようになり、モリーリさんのように肉体的な限界を超えてしまう可能性もある。

モリーリさんは、フルフィルメントセンターで仕事を頑張りすぎてしまったことがあった。目まいがし、冷や汗が出て、思わずひざをついた。これは、アマゾンのアルゴリズムによって「作業外時間」として扱われてしまう禁止された行為だった。スタッフは、仕事中はランチタイムや15分の休憩のとき以外、座ることを許されていない。

「その原因が無理のしすぎだったのか、何なのかは分からない」とモリーリさんは話す。「上司からプレッシャーをかけられたことは一度もなかった。自分でプレッシャーをかけていたんだ。『ああ、あの数字を達成しなくちゃ。ああ、こんな仕事ぶりじゃ駄目だ』と」

モリーリさんはアマゾンで働いた6週間で手根管症候群を発症した。仕事を辞めた後にようやく症状が緩和されたという。

流動的なレートは、同じ施設で働く全ての作業員を互いに競わせることにもなった。こう話すのは、ミネソタ州シャコピーにあるアマゾンのフルフィルメントセンターで働くタイラー・ハミルトンさんだ。筆者が最初に取材した2019年当時は22歳だった。

「速く作業をこなすために手を抜いたり、コーヒーや栄養ドリンクを大量に摂取したりする人たちがいれば、累積レートは上昇する」とハミルトンさんは話す。「つまり、平均値を維持したければ、自分も手を抜き、休憩ごとにコーヒーや栄養ドリンクを飲む必要があるということだ」

手抜きやカフェインの大量摂取は、特売日の「プライムデー」や繁忙期に限ったことではない。多くの人が常にそれをしている。「コーヒーは機械からただで飲めるから」とハミルトンさんは話した。アマゾンの倉庫でもう一つただで入手できるのが、アスピリン(鎮痛剤)だ。倉庫の至る所に無料で利用できる自販機が置かれている。

ベゾシズムが作業員に与えた影響を数値化するのは難しいが、試みた人もいる。データが入手可能な最後の年である2019年にアマゾンが記録した怪我の事例は従業員100人あたり5.6件だった。アマゾンと連邦政府のデータによると、同年の全米の倉庫・保管業界の平均値は100人当たり4.8件だった。

アマゾンは、負傷率が高く見えるのは、安全を重視する企業文化が原因であることに他ならないとし、競合他社よりも入念に事故を記録しているためだと主張している。

アマゾンはここ数カ月、作業員の怪我を削減するための施策をいくつか導入している。その一つは、倉庫で働く作業員向けの健康増進プログラム「ワーキングウェル」だ。同社で職場の健康・安全担当バイスプレジデントを務めるヘザー・マクドゥーガル氏によると、世界に約2000カ所ある同社施設のうち1000カ所に現在導入中だ。また、リーダーシップの原則に「地球上で最高の雇用主になるよう努める」という基準を加えたほか、倉庫・物流業界で最も多いタイプの怪我である「筋骨格系障害(MSD)」の件数を削減する新たな方法を見つけるため、非営利組織の全米安全評議会(NSC)と手を組むことを発表した。さらに、安全向上のため、今年は3億ドル(約330億円)を費やすことも約束している。

アマゾンが使用するテクノロジーは、いや応なしに倉庫の仕事のペースや要求をスピードアップするもののように見えるかもしれないが、それが作業員に与える影響は完全に同社のリーダーたち次第だ。このシステムをもともと設計したアマゾンの複数の元幹部は取材でこう述べた。

アマゾンが2012年に買収したキバ・システムズ(現アマゾン・ロボティクス)は、同社のフルフィルメントセンターの棚を移動するロボット式の駆動装置を開発したロボット会社だが、以前はアマゾン以外の顧客にも製品を提供していた。キバのエンジニアやマネジャーが薬局大手ウォルグリーンなどの倉庫で初めてロボットを設置し始めた際、従業員はそれらをとても気に入っていたとキバの創業者ミック・マウンツ氏は述べた。同氏は買収後にアマゾンの幹部に就任したが、2015年に退社した。

しかし、仕事を効率化する新技術が、最終的には仕事量を減らしてくれることになると想定するのは、よくあるミスだ。作業を自動化するたびに、その作業に必要な製品やサービスを他のものと組み合わせてもっと使用し、より複雑または困難な作業をこなすようになることは、歴史が示している。

アマゾン自身も公のブログで次のように述べている。「ロボットのあるフルフィルメントセンターは、他よりも従業員数が多いことがよくある。在庫をより速いペースで移動しているため、さらに多くのスタッフが必要なためだ」

マウンツ氏によると、キバの初期のシステムを使用していた作業員は通常、アウトプットが3倍に増えていた。例えば、1時間当たりの棚だし数が、平均100個から300個になっていたという。しかし、キバを利用する企業は、倉庫従業員の作業時間を以前の3分の1に削減する一方で、同じ賃金を払っていたわけではない。キバの初期の顧客であるステープルズとウォルグリーンは、作業員の生産性が増えた分、倉庫のアウトプット能力を増やしていた。保管・出荷する商品の幅を広げ、注文の履行に必要な時間を短縮することで、最終的にサービスコストを削減するか、利益を増やすか、またはその両方を達成していたという。これがまさに、キバの顧客だったアマゾンが同社の買収を決断した理由だ。

アマゾンでは、同社のゴールを最も純粋に表現したものが「レート」だ。アマゾンのリーダーや広報担当者らは、自動化がいかにスタッフの仕事を容易にしているかについてよく話している。しかし、彼らはつい最近まで、そうした自動化によって増加したスタッフに対する要求が、彼らを肉体的・精神的に疲弊しかねないことを想像できなかったか、想像しようとしなかったように見えていた。

健康・安全担当のマクドゥーガル氏は、「レート目標は、実際の従業員のパフォーマンスを使用し、長期間かけて開発している」とし、「多様な要因を考慮しており、全てに関して従業員の安全と幸福を最優先している」と述べた。

筆者はマウンツ氏に、同氏やエンジニアがキバで設計したロボットを設置した施設での負傷率についてコメントを求めた。キバのシステム本来の設計では、「私たちは常に、人間がマシンをコントロールしているのであって、その逆ではないと指摘していた。

言い換えれば、アマゾンのシステムでは棚だしや棚入れ、箱詰めを行うペースは作業員に任されているため、自動化システムは作業員のペースに合わせて融通がきくということだ。「顧客、例えばアマゾンやウォルグリーンが、1時間に800アイテムを棚だししなければならないと言おうが、1時間に300アイテムでいいと言おうが、それは扱う在庫のタイプや経営理念次第だ」とマウンツ氏は述べた。

筆者が取材した現・元アマゾンの幹部は、同社の経営理念について、誰もが自らの限界を越えるべきであり、成績が振るわない者は解雇されるべきだとの考えに基づき、業績が重視され、猛烈な働き方が好まれていたと説明した。そうした状況は変わりつつあると、アマゾンが世界に信じてもらいたがっているのは明らかだ。そうした変化が、同社の単純労働を担う何十万人ものスタッフの生活に有意な影響を及ぼすかどうかは、まだ分からない。現時点では、彼らの労働生活はセンサーやアルゴリズムに支配され、アマゾンのEC帝国は彼らが行う肉体的に過酷な労働に依存し、彼らの仕事のペースや方針はリーダーたちの決定に左右されている。

以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。
https://www.wsj.com/articles/the-way-amazon-uses-tech-to-squeeze-performance-out-of-workers-deserves-its-own-name-bezosism-11631332821?mod=searchresults_pos2&page=1

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