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グリーン水素は普及するか サウジ未来都市の野望

 

グリーン水素社会を予見する人たちはジレンマに陥っている

脱炭素の流れは加速する。世界では数千億円規模の巨大なグリーン水素プロジェクトが立ち上がろうとしている。

サウジアラビアの砂漠で行われている巨額プロジェクトは、グリーン水素の需要を活性化できるだろうか。グリーン水素は車両や発電所、重工業の炭素排出量をなくす助けとなり得るエネルギー源だ。

水素の魅力は一目瞭然。石油や天然ガスとは異なり、二酸化炭素などの温室効果ガスを排出しない。風力タービンや太陽光発電所が集めた電力よりも備蓄しやすく、船舶やパイプラインで輸送できる。再生可能なエネルギー源を使って生産されるグリーン水素は、とりわけ燃料として魅力的だ。メタンなどの炭化水素ではなく、水から作られる。

だが、グリーン水素社会を予見する人たちはジレンマに陥っている。においも色もないこの可燃性ガスを生産するのにかかるコストは高く、大型プロジェクトでなければ緩和できない。そして、グリーン水素の大きな市場がなければ経済的に割が合わない。そのような市場はまだ存在しない。

サウジ北西部で建設中の大型未来都市「ネオム」でこのグリーン水素プロジェクトに関わる投資家は、グリーン水素も市場も生み出せると考えている。

米エアープロダクツ・アンド・ケミカルズとサウジのACWAパワーのジョイントベンチャーであるネオム構想は、世界最大となるグリーン水素生産施設の建設に50億ドル(約5240億円)を投資する。さらに20億ドルを、世界中の消費者市場の流通インフラに投じる。主に、産業車両と公共バスに燃料を供給するためだ。

まだ建設には至っていないが、2025年以降、1日当たり650トンのグリーン水素を生産するという広大な施設となる計画だ。現時点では、カナダ・ケベックにある工場で約9トン生産しているのが世界最大となる。ネオム構想は、石油や天然ガスから多角化し、ネオムをテクノロジーとグリーンエネルギーの世界的な拠点として誇示するというサウジの野心的な計画の好例といえる。

サウジ北西部で建設予定の大型未来都市ネオム。地の利を生かして巨大なグリーン水素生産施設も建設される

世界で今後起こり得るであろうグリーン水素の開発競争でネオムが持つ主な強みの一つは、ネオム建設地が紅海沿いにあり、世界有数規模の太陽光熱、風力を備えていることだと、ネオムのエネルギー部門責任者ピーター・テリウム氏は話す。日中は太陽光が、夜間は風力がグリーン水素生産施設の電力をまかなうことになるという。

ネオム構想では、1日当たり約2万台のバスに燃料を供給するのに十分な水素の生産を目指している。だがそのためには、エンドユーザーの元に水素ガスや液体水素の形でパイプラインや船舶で輸送されるのではなく、水素をまずアンモニアに変換する必要がある。アンモニアはより密度が高いため、輸送するのにより経済的だ。船舶でアジアや欧米に輸送された後、アンモニアを再び水素に戻し、エアープロダクツが建設した補給ステーションに送られる。

「水素は30年後、現在の石油のようになる」。水素生産で世界最大手となるエアープロダクツのセイフィ・ガセミ最高経営責任者(CEO)はこう話す。

これは大胆な予測だ。燃料や電力の使用方法を大きく変える必要が出てくる。だがそれが可能だと、全ての専門家が考えているわけではない。世界中のエネルギーインフラを再構築するにはばく大なコストと規模になるからだ。車両から家庭での利用まで、あらゆることを変えなくてはならなくなる。

そのような世界は今とは非常に異なって見えるだろう。車両はガソリンスタンドではなく、水素スタンドで給エネルギーをし、水素は配管を通して各家庭に供給され、ヒーターやガスストーブの燃料となるかもしれない。また、風力や太陽光とは違い、データセンターや製造拠点といった大量の電力を必要とするユーザーにとっては安定した電力の供給源となる可能性がある。

グリーン水素が大量生産できるようになれば、二酸化炭素の排出を減らそうとする経済が抱える大きな課題のいくつかを解決する一助となるかもしれない。大きな課題とは、大型トラック・船舶に動力を提供し、巨大バッテリーに依存しなくてもすむようにすることや、電力を24時間供給し、風力・太陽光による断続的な電力供給を補うこと、そして鉄鋼やコンクリートの製造など重工業の過程を脱炭素化することだ。

コロンビア大学のジュリオ・フリードマン上級研究員は、各国が向こう数十年で炭素排出量を実質ゼロにすると宣言する中、グリーン水素がさまざまに利用されることでグリーンエネルギー経済の「スイス・アーミーナイフ」になるかもしれないと語る。

温室効果ガスの規制強化や、炭素排出削減を企業に求める投資家圧力の高まり、技術の進歩を受け、水素エネルギーを巡る喧伝(けんでん)は今度こそ本物だと考える人も多い。米コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーの試算によると、米国で使用される電力全体のうち、水素は現在のほぼゼロから2050年には14%を占める可能性がある。

サウジアラビアにある同国国営石油会社サウジアラムコとエアープロダクツによる水素補給ステーション PHOTO: AIR PRODUCTS

グリーン水素に関心が高まっているもう一つの要因は、再生可能エネルギーの価格急落だ。フリードマン氏によれば、再生可能エネルギーは現在、グリーン水素の生産コストの50~70%を占めている。風力・太陽光発電所の建設費は近年、低下している。技術コストが下がる一方、大規模プロジェクトが増えている。コストが最もかからない発電所として、風力・太陽光は天然ガスに匹敵するまでになった。

「多くの国や地方自治体が水素を追い求めるのを目にするようになるだろう」と、フリードマン氏は言う。

現在、グリーン水素がようやく花開く状況にまできていると、ネオムに関わるパートナー企業だけでなく、大小さまざまな投資家は考えている。エバコアISIの推計によると、水素プロジェクトへの世界全体の支出額は2030年までの間に4000億ドル超、それ以降2050年までは2兆ドル超となる見通し。

トヨタ自動車やホンダなど一部の自動車メーカーは、水素燃料電池車(FCV)を開発している。

トヨタ自動車の水素燃料電池車(FCV)「MIRAI」

一方、米国では公益大手数社が、現在主流の天然ガスの代わりに水素を使って発電所を稼働させようと検討している。同国最大の地方公営企業であるロサンゼルス水道電力局は、ユタ州の石炭火力発電所を、天然ガスに加え、風力・太陽光発電で生産された水素で稼働する発電所に変える19億ドルのプロジェクトを主導している。

ニューメキシコ州北西部では、開発業者が最大20億ドルを「水素発電所」に投じ、2024年から西部一帯の顧客に電力を供給する計画を立てている。

ただグリーン水素は前途有望な一方、多くのハードルにも直面している。太陽光・風力発電による電力供給が断続的であるほか、電解槽が高額なことなどだ。再生可能エネルギーのコストが低下しているとはいえ、グリーン水素生産施設は、利益を上げるためには高い稼働率、ほぼ24時間稼働するための電力が必要となる。

米テキサス州の水素生産施設(18年)。ネオムの施設も似たようなものになるとみられるが、再生可能エネルギーで稼動する

水素はガスの状態で備蓄するのが難しく、液体化するにはコストが高くつく。そのため、ネオム構想では水素をアンモニアにして輸送することを計画している。また、金属は水素に触れるともろくなることがあるため、パイプラインで輸送する場合は、天然ガスなど他の物質と混ぜなければ難しいかもしれない。

グリーン水素の普及を妨げているのはテクノロジーではなくインフラに関連すると、前出コロンビア大のフリードマン氏は指摘する。政府や企業は、電力網や港湾、パイプライン、補給ステーションに大規模出資する必要がある。政府が投資を呼び込む健全な公共政策を行えば、世界経済全体でそのコストをまかなうことができると同氏は指摘する。

以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。
https://www.wsj.com/articles/green-hydrogen-plant-in-saudi-desert-aims-to-amp-up-clean-power-11612807226?mod=searchresults_pos1&page=1

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