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不振のスイス時計、復活への残り時間

 

例えば、読者のあなたが現在25歳で、初の本格的な昇進と昇給を達成したご自分へのご褒美に、何かぜいたくをしようと考えているとしよう。

あなたの父親の世代であれば、スイス製の高級時計を自分へのご褒美として買うことを選んでいたかもしれない。だが、これまでずっと携帯電話で時間を確認してきたあなたには、そんな考えは思い浮かばないだろう。代わりに少し豪華な旅行を予約し、休暇の様子をインスタグラムに投稿することを選ぶ可能性の方が高い。

仏高級ブランドグループ、 LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン (LVMH)の時計部門を率いるジャンクロード・ビバー氏(68)は、そうした考え方を変えたいと思っている。若い世代が数世紀の歴史を持つスイス時計業界から離れていくのを目の当たりにしてきた同氏は、手遅れになる前に、若者に時計への関心を持たせようと懸命に取り組んでいる。

 「若者が腕時計を買わなくなるなんて初めてのことだ」とビバー氏は話す。「時計は至るところにある。どこにでもあるのに、手首につける時計を高いお金を出して若者が買う必要がどこにあるのか」

スイスの時計業界の経営者はみな同じ難問に苦闘している。どうすれば若い消費者に機械式時計の良さを分かってもらえるのか。しかも車1台分の値段がする高級時計だ。一方で、伝統にしばられた時計メーカーは、アップルをはじめとするIT(情報技術)企業の攻勢をかわすのに必死だ。IT大手はスケジュール管理したり運動量をモニターできる腕時計型端末を発売し、市場破壊をもたらしている。

スイスの時計業界が直面している危機は、2015年に始まった需要急減であらわになった。20年にわたって時計業界の好景気をけん引していた中国人客の消費が冷え込んだことで、欧米顧客の腕時計離れの深刻化が露呈した。スイスの世界的な腕時計輸出額は2014~16年にかけて13%減少。昨年の輸出額は2.7%増加したものの、依然として高級ブランドセクター全体に大きく水をあけられている。

こうした低迷を受け、時計メーカーは数百人規模の人員削減や、展示用に輸出した高級腕時計の売れ残りの大量買い戻しを余儀なくされている。

「単に危機というだけではない」と、スイスに本社を置く時計メーカー、ジラール・ベルコのアントニオ・カルチェ最高経営責任者(CEO)は話す。「われわれは既存のビジネスモデルを見直す必要がある」

人気ラッパーをブランド大使に起用

ビバー氏はLVMHの時計部門がこの低迷期を乗り切るために手を尽くしている。LVMHの2大主要ブランド「タグ・ホイヤー」と「ウブロ」の腕時計売上高は過去3年にわたり毎年、過去最高を更新している。また、同2ブランドや「ブルガリ」を抱えるLVMHの腕時計・宝飾品部門の昨年の売上高は10%増の38億ユーロ(約5000億円)に達した。業界にとってここ数十年で最も困難な年の1つとなった16年も、売上高は5%増加した。

ビバー氏は、若い消費者を徹底的にターゲットにした戦略にこだわっている。たとえそれが、スイス時計が古い世代に愛される要因となってきた伝統を犠牲にすることになるとしてもだ。LVMH傘下のブランドではここ数年、ラッパーのジェイ・Zさんやさまざまなストリートアーティストと組んで腕時計をデザインしたり、ブランドの魅力を伝える「ブランド大使」に20代前半のモデルを起用したり、ビデオゲームの仮想世界の広告枠を購入したり、スイス時計業界初のスマートウオッチを開発したりしてきた。

同氏はこうしたアプローチをローマカトリック教会が1960年代に断行した改革にたとえている。それはミサをラテン語だけでなく各地の言語で行うことを許可するもので、それによって教会の近代化が進んだ。

「ラテン語が分からない人にラテン語で話していれば、その人たちがいつか教会に来なくなったとしてもおかしくない」とビバー氏は言う。

若者の心をつかむ上で、身近な「専門家」も頼りにしている。息子のピエールさん(17)や継娘(ままむすめ)のカロリーナさん(25)、そして彼らの友人たちだ。

2011年にジェイ・Zさんをブランド大使に起用して腕時計の開発を始めたのも、ピエールさんの勧めがきっかけだった。ウブロはジェイ・Zさんの本名を冠した「ショーン・カーター」モデルを発表。ブラックとイエローゴールドの2種類のモデルを用意し、それぞれ1万7900ドルと3万3900ドルで販売した。いずれも背面が透明で、時計の複雑な内部構造が見えるようになっている。ウブロによると、全部で350個製造し、完売した。

スマートウオッチの脅威

スイス時計業界は2014年、新たな脅威に直面した。アップルがスマートウオッチを発表したのだ。メールの内容を表示したり、自身の活動量をモニタリングしたりできるほか、電子財布としても使える。ビバー氏は400ドルというアップルウオッチの手頃な価格を目にし、タグ・ホイヤーの最も安価なモデルと競合する可能性を危惧した。タグ・ホイヤーの最も安価なモデルは最低でも1000ドルし、時間を確認することしかできなかった。

しかし、そこに商機も見て取った。タグ・ホイヤーが独自のスマートウオッチを開発すれば、機械式時計を買ってくれる新しい若い顧客を獲得できるのではと考えたのだ。

ビバー氏はコンピュータープログラマーと電子エンジニアを採用し、ソフトウエアとハードウエアについて世界的なIT大手と交渉。基本ソフト(OS)にはグーグルの「アンドロイド」を選定し、電子的な部分についてはインテルと協業した。

だが開発を急いだために、タグ・ホイヤー初のスマートウオッチは「スイス製」と銘打つことができなかった。スイス以外のサプライヤーに大きく依存したため、スイス製と表記できる基準に達していなかったためだ。

タグ・ホイヤーは2015年11月、スマートウオッチ「コネクテッド」を1500ドルで発売した。歩数計機能が搭載され、メールなどさまざまなアプリを実行できる。アップルがスマートウオッチを発売してからわずか数カ月後のことだった。

2017年3月に発売した第2弾のコネクテッドは「スイス製」と表記することができた。生産プロセスをスイスの会社に委託するようインテルを説得したのだ。ビバー氏によると、コネクテッドは全部で約10万個売れ、この市場でも競争できるという自信につながったという。

しかし、この実験はある一点については失敗に終わった。タグ・ホイヤーの機械式時計への興味を喚起することにはならなかったことだ。ビバー氏によると、コネクテッドを機械式時計に1500ドルで交換できるサービスを提供したが、それに応じたのは購入者の10%にも満たなかった。第1弾のコネクテッドは2年の保証期間が経過したあとで、第2弾は購入後すぐに交換可能にした。

「クオーツ革命」が転機

ビバー氏がスイスの時計業界で働き始めた1970年代当時も、業界は存続の危機に直面していた。機械式時計よりもはるかに精度が高く、製造コストの安い「クオーツ時計」の登場だ。1970年代、セイコーをはじめとする日本メーカーが手頃な価格のクオーツ時計で世界市場を席巻し、スイス時計業界の低・中級品メーカーは壊滅的な打撃を受けた。

スイスメーカーは生き残りを懸けてブランド戦略を一新。製造を限定し、優れた職人技を売りにした路線に切り替えた。ビバー氏は時計業界で営業としてキャリアをスタートさせ、現在の地位にまで上り詰めた。LVMHでは、ビバー氏がCEOを務めていたウブロを同社が買収した2008年から働いている。クオーツ革命当時、瀕死(ひんし)の状態にあったスイスメーカー、ブランパンを友人のジャック・ピケ氏と買い取り、エンジニアに極めて複雑な機械式時計の設計に注力するよう指示。値段も引き上げ、クオーツ時計は一切製造しないと誇らしげに宣言した。売上高はすぐに伸び始めた(ブランパンは現在、 スウォッチグループ 傘下にある)。

1990年代後半、中国人消費者がスイス時計業界の回復を加速し始める。急拡大する中国の裕福な消費者層が、新たに手に入れた自由を謳歌(おうか)すべく海外旅行に出掛け、香港や欧州、ロサンゼルス、ニューヨークで腕時計を購入した。

中国人客からの需要は2008年の金融危機を乗り切る際にも一役買った。しかし、欧米と日本の深刻な景気後退によって、従来の時計市場の買い手は減少した。また、欧米の若い消費者層は腕時計に何千ドルも投じることにさほど価値を見いださなくなった、と小売業者やアナリストは指摘する。一方で、誰もが携帯電話を持つようになっていった。

やがて中国からの需要も落ち込んだ。中国の習近平国家主席が汚職の徹底的な取り締まりに乗り出す中、役人の腐敗を巡る国民の怒りの矛先が便宜供与の見返りに贈答されていた高級腕時計へと向けられるようになった。2016年4月、習政権は税関検査と課税を強化し、海外旅行者が旅先で購入してスーツケースに詰め込んだ腕時計などの高級品を国内に持ち込めないようにした。

LVMH傘下の時計ブランド「ゼニス」も需要低迷で売上高が大幅に減少した。同ブランドは売上高の60%を中国人客に依存するようになっていた。ビバー氏は「中国人客で成功したことで、従業員は安心してしまった」と指摘した。「安心感を持ったら、それは危険な領域に入りつつあるということだ」

成長の原動力となっていた中国人客がいなくなったことで、業界最大の伝統的市場である欧米と日本の問題が浮き彫りになった。

日本の漫画もヒントに

高級腕時計は、多くのモノを持つより多くの経験をすることに興味がある新世代の消費者の登場で痛手を受けている。若者を対象に市場調査を行っている米ワイパルスのダン・コーツ氏はそう指摘する。彼らはカメラや歩数計機能が備わったスマホに目が行くという。

ビバー氏は若い消費者が何を望んでいるかを知るために、「若者による諮問機関」に継続的に意見を聞いていると話す。すなわち、自分の息子や継娘、彼らの友人たちだ。昨年は彼らの助言に従い、家庭用ゲーム機「プレイステーション」向けの人気レーシングゲーム「グランツーリスモ」の広告スペースを購入した。

「若い人たちは、日曜日にフォーミュラ・ワン(F1)を見るよりもゲームをプレーすることを楽しんでいる」とビバー氏は言う。

ビバー氏は時々、若者の間で話題になっている世界各都市のスポットを息子のピエールさんと友人たちに案内してもらっている。日本への旅行は、日本のアニメや漫画にヒントを得た機械式時計の開発を始めるきっかけになった。

また、米テレビ局HBOの人気ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」が来年最終シーズンを迎えるのに合わせ、同ドラマをモチーフにした腕時計をデザインするためHBOと協議している。まだ交渉中で、HBOからはコメントは得られなかった。

ビバー氏は時計業界のベテラン経営者であるだけでなく、ソーシャルメディアで強い発信力を持つ「インフルエンサー」でもある。年金を受け取るような高齢者には珍しい偉業だ。ブランド大使の著名人と親しげにしている写真をインスタグラムに投稿することで、12万5000人のフォロワーを獲得している。同氏のインスタグラムのアカウントに関する統計によると、フォロワーの半数以上が18~24歳の若者だ。

「どうすればミレニアル世代を理解できるのかって?」。ビバー氏はこう言った。「そんなことは不可能だ。私は68歳。理解はできない。しかし、学ぶことはできる」

以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。

https://www.wsj.com/articles/is-time-running-out-for-the-swiss-watch-industry-1520867714?mod=searchresults&page=1&pos=1

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