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ウォール街で消滅、技術者とトレーダーの垣根

 

 

「ストレーダー」と呼ばれる人たちがいる。

ある時はリスクを負うトレーダー、ある時はコンピューターに精通する「ストラテジスト」として、彼らはゴールドマン・サックスの廊下をせわしなく歩き回り、かつては厳然と存在したやり手のスポーツマンタイプ(トレーダー)と技術オタク(プログラマー)の境界線を消し去った。

「あなたがたの言う『トレーダー』がどういうものか、私には分からない」。ゴールドマンに16年間在籍するアダム・コーン氏はこう語る。「セールスやトレーディングの仕事に就く者は全員、プログラミングの仕方を覚えなくてはいけない」

 コーン氏はストレーダーの第一人者であり、彼らに象徴される金融世界を世の中に広める伝道師だ。米ウォール街では、電話口でがなり立てることによってのし上がったトレーダーが、今やプログラミングの授業に出席している。また、後方でそれを支援する役回りだったエンジニアが権限を与えられ、市場で腕試しをしている。

これはトレーディングフロアの序列を覆すと共に、金融危機後の10年間に起きた現実に折り合いをつけるという意味合いもある。

ウォール街のトレーダーは株式や債券、証券化されたクレジットカード債権、原油に至るまであらゆるものを売り買いする。2008年のメルトダウン以前は、自分の直感と独自に入手した情報を頼りに活躍した。彼らは電話を駆使してどの客が投資話に飢えているか、どの客が必死に飛びつきそうかを調べ、その弱みにつけ込んだ。「血のにおいがする」とモルガン・スタンレーのジョン・マック元最高経営責任者(CEO)は配下のトレーダーによく告げたという。「さあ仕留めに行くぞ」。彼らはそれを実行し、たっぷりと報酬を得た。

そうした時代はほぼ過去のものとなった。現在ではアルゴリズムがトレーダーの仕事の大半をこなす。自分たちのポジションを常に把握し、顧客に気配値を示し、売り手と買い手をマッチングし、見えないリスクに警告を発するといったことだ。

セールスマンの仕事も次第にこの領域に入ってきた。最新のソフトウエアでは顧客の最近の投資実績を分析し、その客が関心を持ちそうな特定の株式や債券を提案することができる。アマゾン・ドット・コムが購入履歴に従っておすすめ商品を提案するのと同じことだ。

自動化の台頭は、一つには金融危機やそれに続くさまざまな不正取引の発覚などが背景にある。金融機関はその反省から、ミスを犯しやすく、利己的な傾向がある人間の裁量を奪う方向に動いた。またウォール街とシリコンバレーの人材獲得競争が激しくなり、金融機関がハイテクに対する本気度を示したがっていることもこれに拍車をかけた。

さらに、コンピューターを駆使した「クオンツ」ファンドの人気に対抗するためでもある。この手の投資家は従来の銘柄選びの手法を無視し、買いまたは売りの好機を示す市場のパターンを追求する。顧客はゴールドマンのような金融大手の担当者にも、例えば乳製品生産量のような指標についてではなく、データ処理のことを話したがる。「そうした話題についていける」ことが重要だとコーン氏は言う。

トレーダーの成功を決定づけるのは、自分の直感を信じることより、むしろコンピューターの生み出す情報をいかに解釈するか、またどの情報を取り入れるべきかを判断することになりつつある。「自動車のクルーズコントロール(車速設定システム)と同じだ」とJPモルガン・チェースのトレーディング担当幹部マット・シャーウィン氏は言う。それを使えば「時速55マイルで走行し続けることは可能だが、『適正なスピードかどうか』は誰かが判断しなければならない」

ハイテクの達人はウォール街の新参者ではない。彼らはトレーディングフロアにコンピューターを導入した1980年代に登場し、デリバティブと呼ばれる複雑な金融派生商品を評価する数学モデルをプログラムする仕事を担っていた。彼らのプログラムは、例えば米ドル相場が下落したらトウモロコシ価格にどう影響するのか、イタリア政府が利上げに動いた場合、フェラーリのローン債権をどう評価すべきかといったことを予測する。

だが当時のプログラマーはトレーダーと区別され、明らかにトレーダーに従属する立場だった。彼らのモデルを使い、トウモロコシやフェラーリのローン債権をどのくらい実際に売買するかを判断するのはトレーダーだ。ゴールドマンで「ストラット(ストラテジスト)」と呼ばれたプログラマーは数字を処理し、トレーダーが利益をたたき出した。

かつてはフロアの隅に追いやられていたストラットは現在、ゴールドマンの株取引フロアでトレーダーと並んで座っているだけでない。資格を取り、資金を動かす権限を与えられ、トレーダーの役割に近づいている。

一方、プレッシャーのかかる状況下において素早く判断する能力や、これまでに培った幅広い人脈は依然として高い価値があるため、トレーダーが技術者に取って代わられることはない。むしろ両者の融合した「ストレーダー」がゴールドマンの中で存在感を増している。

「10~15年前なら、技術者は誰とも言葉を交わさず、朝からシャワーも浴びていないように見えた。トレーダーは、ブルックス・ブラザーズのカタログから抜け出したかのように身なりを整えていた」。人材あっせん会社セルビー・ジェニングスで金融業界の人材スカウトを担当するオリバー・クック氏はこう振り返る。「その境界線は基本的に消滅した」

変わったのはファッションだけではない。かつて注文を叫ぶ大声が飛び交い、電話が鳴り響いたトレーディングフロアは、驚くほど静かになったと金融取引システムを販売するフィデッサのグループ戦略責任者、スティーブ・グロブ氏は話す。「大声で叫ぶことは少なくなった。タイムマシンで2006年から来た人はこの光景に驚くだろう」

米銀大手シティグループでは、トレーダーは数理分析グループのプログラマーと共に働いている。6月にトレーダーを対象にプログラミング言語「パイソン」の3日間の初心者コースを行ったところ、非常に好評で、ベテランのトレーダーさえ通常業務を休んで参加したほどだった。シティは9月にも再び同様のコースを開く。

ゴールドマンでは昨年、オンライン教育システム「edX」を通じてトレーダーにプログラミングの無料授業を提供し始めた。「プログラミングは『望ましい技能』から『必須技能』になりつつある」とコーン氏は言う。コーン氏の父は、ベル研究所で1980年代に基本ソフト(OS)「UNIX」の根幹の開発にかかわった人物だ。コーン氏はブラウン大学で応用数学と経済学をダブル専攻し、2002年にゴールドマン入社。同社のオフィスがあった「ワン・ニューヨーク・プラザ」50階の隅に集められた株式ストラットの1人として働いた。

状況が変わり始めたのは2000年代前半だ。株式市場の電子化が進み、金融取引で優位に立つためにコンピュータープログラムの軍拡競争が始まった。ストラットは単なるトレーディングモデルではなく、トレーディングシステム全体を構築するようになった。

技術が一段と高度化すると、トレーダーは機械の中で何が起きているのか理解できなくなった。アルゴリズムの不具合を直そうとするトレーダーは、自宅のWiFi接続が切れて当惑した家主と同じように、ただ再起動してうまく行くことを願うしかなかった。「そこにリスクが生じた」とコーン氏は指摘する。

2010年に米株式市場で発生した瞬間的暴落「フラッシュクラッシュ」で、数分間に時価総額1兆ドル(110兆円)が失われたことは、その後すぐに回復したものの、こうした懸念を一段と高めた。伝統的なトレーダーはほぼ頼りにならなかった一方で、変動の理由を説明できるエンジニアはそれに対応できる立場にはなかった。

ただ、線引きが曖昧になることへの懸念も指摘されている。未熟な者が書いたわずか数行のコードが大惨事を引き起こしかねないからだ。証券仲介大手ナイト・キャピタル・グループほどの企業でも、コンピューターの障害による巨額損失が原因で経営難に陥った。

JPモルガンやスイスの金融大手UBSでは、それぞれ数十億ドルの損害をこうむるトレーダーの不正事件が起きた。今後もし悪質なプログラマーが故意にコードを書き加えれば、同様の危険が想定される。

UBSのマイク・ダーガン最高情報責任者は「責任について明確に記述する必要がある」と語る。ソフトウエアの機能の仕方について「トレーダーを教育する必要はある」と同氏は言う。「だが彼らにやってもらいたいのはトレーディングだ」

規制当局も同様の懸念を示している。証券取引委員会(SEC)は2016年にルールを変更し、金融取引のアルゴリズムを設計または監視する責任がある者には「証券トレーダー」の資格取得を義務づけた。

その狙いは、プログラムを書く人とそのプログラムが生み出す市場リスクの管理責任者の知識ギャップに起因する障害あるいは不正行為を封じ込めることにある。

ゴールドマンでは、コーン氏が提案したストレーダー職を積極的に導入する一方、名称はより分かりやすく「プログラムを書くトレーダー」に改めた。現在、この職務に就く社員は約200人いる。

以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。

https://www.wsj.com/articles/wall-street-erases-the-line-between-its-jocks-and-nerds-1534564810?mod=searchresults&page=1&pos=2

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